イノベーターインタビュー 立花 貴 さん
  • Profile

    立花 貴 (たちばな たかし) さん

    公益社団法人 sweet treat 311 代表理事

    1969年宮城県仙台市生まれ。東北大学法学部卒業後、伊藤忠商事株式会社入社。6年で同社を退社し起業。2000年、食品流通関連の株式会社エバービジョン設立。2010年、日本の食文化・伝統文化を発信する、株式会社四縁を設立し、薬師寺門前AMRITを運営。震災後、公益社団法人sweet treat 311をはじめとする様々な支援団体を立ち上げ、活動している。

宮城県石巻市雄勝町。リアス式海岸の美しい自然と、美味しい海の幸に恵まれたこのまちは、震災で甚大な被害を受けました。そんな中、13年前に廃校になった小学校を新しい施設として再生する取組が注目を集めています。その名も「雄勝学校再生プロジェクト」。オープン前から運動会やお祭りなどの学校らしい取組はもちろん、オープン後は宿泊施設やレストラン、こどもたちの体験学習施設を開設し、地域の雇用創出、地域コミュニティーづくりのモデルのひとつになることまでを視野に入れています。
活動を主導するのは、地元宮城県出身の立花貴さん。立花さんは大手商社で活躍し、起業も経験した経歴の持ち主ですが、東京から雄勝に住民票を移し、現在は漁業の手伝いをしながら学校再生プロジェクトや生産者支援などを始めとする多くの事業に取り組まれています。立花さんが、20年以上暮らした東京を離れて雄勝にいる理由とは、雄勝で成し遂げたいこととは、何なのでしょうか。

tachibana_01

「雄勝は今、東京などの都市部からだけでなく、世界中から人が集まる場所になりつつあります。いわば、グローバルな過疎地域です。リアス式海岸の美しい海と山が織りなす自然や一次産業のすばらしさ、人のぬくもりや魚介類など、食の魅力が来た人を魅了します」と立花さんは話してくれました。
「住民1,000人過疎の町に海外から1万人の人が訪れる―――。そんな場所になればと思っています。日本で同じような場が1,000ヶ所できれば、日本のインバウンドは首都圏に頼らずとも今よりも1,000万人増えることになります」雄勝町の人口は、震災により4,300人から3分の1の約1,300人にまで急減しました。震災前から顕在化していた、少子高齢化、過疎化、人口減少という課題が、震災により加速度的に立ち表れたのです。そのような厳しい状況で、新たな事業創造をしたり、地域コミュニティーのモデルを作ることは果たして可能なのでしょうか。
「実際に今、ヨーロッパなどの諸外国から注目されているのは、日本人でもあまり行ったことのないような地域、たとえば、熊野古道や高野山、指宿、石垣島などです。日本の自然や精神性に興味関心を寄せる外国人が、何度も日本に訪れるようになっています」
過疎地域で事業や産業を立ち上げることは、決して簡単なことではありません。しかし実際、雄勝には国内外を問わず多くの人が訪れているといいます。「雄勝の未来が、日本の未来になる」をモットーに立花さんが移住してまで東北で実現したいこと。それは日本の未来につながる地域のモデルを作ることなのかもしれません。
「自分が20年間東京で働いてきて身につけたスキルや人脈を全部出し切りたい、地に足をつけ、肝を据えて淡々と一生懸命正直に。そう思っています」

tachibana_02

雄勝を地域社会の成功モデルにすべく、立花さんが携わる事業は多岐に渡ります。生産者の支援、教育の支援―――。
「雄勝学校再生プロジェクト」は立花さんが力を入れているプロジェクトの一つです。主導するのは、立花さんが理事を務める公益社団法人 sweet treat 311(スイートトリートサンイチイチ)。もともとは震災直後の炊き出しから人が集まり自然発生的にできた団体でしたが、その後活動の幅を広げ、現在は石巻市雄勝町を中心にこどもの体験学習などの教育活動にあたっています。
雄勝学校再生プロジェクトは、雄勝町の高台で13年前に閉校した旧・雄勝町立桑浜小学校を新しい学び舎として再生させるというものです。体験学習施設だけでなく、レストランや宿泊施設も作り、雄勝町に訪れる交流人口を増やし、地域の方々の雇用を生み出します。お風呂やコミュニティースペースも作り地域の交流の場ともする、今までになかった新しい複合施設として、2015年春に開設することを目指しています。
「学校の改修資金集めには、クラウドファンディングという方法を採用しています。今月は屋根を、今月はレストランを直そうと毎月テーマを決めて、資金提供を呼びかけています」
クラウドファンディングとは、個人や団体が実現したいプロジェクトを提案し、そのアイデアに賛同する一般の方々から、主にインターネットを通じて資金を募るシステムのこと。雄勝学校再生プロジェクトも、たくさんの方からこのシステムを通じて賛同をいただいてきました。
屋根は東京駅と同じ雄勝スレート、気仙大工衆が作ったといわれる木造平屋の廃校は、持続可能な社会を創る人材を育成する学びのフィールドとして蘇ります。この取組により、雄勝は世界に注目され、世界中の人々が訪れたいと思う地域に一歩近づきます。雄勝学校再生プロジェクトを通じて、これまでに国内や国外から訪れた人数は、既に2,500人を超えました。立花さんの試みは、確実に実現に向かっているようです。

 

立花さんに、今の震災地に一番必要なものは何か、聞きました。
「今、一番必要なのは、人材(財)です。震災地や過疎地域で事業を立ち上げるには、大企業の社内よりも、10倍の負荷がかかる。お金もないし、ネームバリューもない。人的なリソースもない中で何かを立ち上げるのは、とてもパワーが必要なことなのです」
現在、立花さんは民間企業に内在している優秀な人材を、最低でも1,2年、震災地に出向させてもらえるよう、各社に依頼をしているといいます。その結果、今までに民間企業から3人の出向社員が決まりました。
「震災地で働くことは、負荷のある筋トレをするようなもの。1,2年後に会社に戻った時に、しなやかな筋力と精神力を持ち、持続可能な社会のため事業を通じてどう実現していくかという視座の高い人材として成長している。企業はそれを期待し、また本業での接点も視野に入れ、出向を決めてくださったのだと思います」
東北は既に、優秀な人材が集まり、優秀な人材を輩出する場所になりつつあります。

tachibana_03

立花さんは、「最短10年、最長でも15年で日本は一気に変わると確信している」と言います。
「東京に行ってもなかなか会えないような人たちが、どんどん東北に集まってきています。様々な業種・業界・職種、官や民の垣根を越え人が集まって、膝を付き合せて日本の課題に取り組もうとしている。それを間近で見て、日本の未来は明るいと確信しています。批判をしないことをモットーに、未来の景色を変えるような、小さな事例を積み上げることに注力してきました。魅力のある未来に人は集まる、小さな事例の積み上げはいつか日本を変えるうねりになる、そう信じています」
週4、5日は雄勝で生活し、週2日は日本各地を飛び回っている立花さん。東京と雄勝の往復回数は震災後から300往復を超えています。日本の、そして世界の未来を作るという高い視座を持ちつつ、自らも手足を動かし続けることを忘れません。「雄勝にいる間は、来てくれた人がまた来たいなと思ってくれるように、自分が料理も掃除も洗濯もして、おもてなしをしますよ。“住み込み女中”と言われるくらい(笑)」立花さんの周りに人が集まるのは、きっと立花さん本人が素直な感情に従って、楽しそうに行動しているからなのでしょう。
「でもね、来てくれた人のために、とろろ昆布の味噌汁を注ぎながら思うんです。“この1杯から、世界がよくなるんだ”って」雄勝が未来地域のモデルになる日は、そう遠くないのかもしれない。

 

公益社団法人 sweet treat 311 HP
雄勝学校再生プロジェクト
株式会社雄勝そだての住人
社団法人東の食の会 
社団法人 3.11震災孤児遺児文化・スポーツ支援機構

  • facebook
  • twitter
ページトップへ