アサヤ株式会社

  • Profile

    廣野 一誠 (ひろの いっせい)さん

    アサヤ株式会社 専務取締役

    1983年3月生まれ。現アサヤ社長を父に持つ、一家の長男。小学生までを気仙沼で過ごし、その後は大阪へ。そして、早稲田大学理工学部へ進学し、「いつかは気仙沼に戻って、家業を」という思いを抱きながら、まずは経営を学ぼうと大手ITコンサルティング会社へ就職。知人の起業に伴って経営に参画するなど様々な経験を積み、2014年12月に帰郷。アサヤの専務取締役として、200年300年続く会社にするという覚悟で取り組んでいる。

    気仙沼市の魅力

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江戸時代末期の1850年から三陸の漁業に貢献してきた漁具販売店の『アサヤ株式会社』。創業時は屋号を『広野屋』としていたが、当時、漁に使う釣糸となる麻を販売していたことから『アサヤ』と呼ばれ、親しまれてきたことから社名になった。現在は、遠洋・近海マグロ延縄船を主体とする『漁船漁業』、ワカメ・カキ・ホタテ・ホヤなどの『養殖漁業』、定置網を主体とする『定置漁業』の3部門でサービスを展開している。アサヤはこれまでの長い歴史の中で、三陸沿岸の多くの漁業家たちから信頼を受け、実績を積んできた。そのアイデアや提案力、商品力、アフターフォローは、他の漁具販売店を寄せ付けない強みとなっている。漁業のまち、気仙沼になくてはならない存在だ。アサヤは間もなく、創業170周年を迎える。さらに未来へとつなげていくため、専務取締役としてアサヤの発展に全力を注いているのが、現アサヤ社長を父に持つ、廣野一誠さんだ。廣野さんが、東京で積んだ数々の経験を活かして、アサヤで実現させたいものとは何か。それは決して新しいものばかりではなく、今も昔も変わることなく脈々と生き続けている、アサヤの経営理念そのものだった。

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いつか気仙沼に戻って家業を継ぎたいと決めていたけれど、自分にはまだスキルも経験もない。そう考えていた廣野さんは大学卒業後、東京で大手ITコンサルティング会社に就職した。技術系のキャリアを積んだ後、起業する先輩の会社の立上げにも参画。営業やWeb制作、マーケティングなど、幅広く任されていた。そんな時に起こったのが、あの震災だった。
「本社を含む営業拠点4か所すべてが全壊という、悲惨な状態でした。何か助けになれないかと思っていましたが、住むところもなく、今戻ってこられても困ると親にも言われていたんです。結婚してすぐだったこと、また子どもが生まれるということもあって、すぐに家業を継ぐという決断はできませんでした。転機になったのは2013年の夏。その頃にはもう瓦礫の撤去が進んでいて、まちには文字通り、何もない状態でした。がらんとしたまちを見て、“自分は一体、東京で何をやってるんだろう”という想いが込み上げてきたんです。このまますべて復興した後に戻るなんて、絶対にしたくない。早く前に進もうと決意して、その場で、家を探す段取りを組みはじめました」
本格的に気仙沼で生活をスタートさせることができたのは、2014年12月。最も大変な時期を一緒に乗り越えられなかった悔しさはずっと残っていた。社員のみなさんが受け入れてくれないのではないかという不安もあったという。しかし、そんな心配もどこ吹く風。気仙沼の人たちは、とても温かく迎え入れてくれた。
「東京だと、見ず知らずの人に信頼されるには時間がかかるじゃないですか。だから気仙沼に帰って来て、社員さんやお客さまが、こんなに喜んでくださるなんて思ってもみませんでした。本当に嬉しかったですね。また、戻ってきてからは新しく知ることばかりで、自分は会社のことや地元のことを何も知らなかったんだなって思います。今でも、毎日が発見の連続です」
あの震災を乗り越えてくれた社員のみなさんに、どうしたら報いることができるのか。その想いが廣野さんの原動力になっているという。

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この地域で大事にされているものを、自分も大事にしていきたい。それが、廣野さんの想いだ。廣野さんはおよそ半年間をかけて、経営層と議論を重ねながら『事業発展計画書』をまとめあげた。その中で明文化された経営理念には、初代社長の『漁民の利益につながる、よい漁具を』という言葉が、一番最初に掲げられている。
「三陸の漁業に貢献すること。それこそが、アサヤの本質です。漁具そのものは進化していますし、製品も続々と新しいものが出てきますが、どんな時代でもブレることのない、代々受け継がれている精神であることは間違いありません。震災後は特に、漁業は大きな被害を受けました。たとえ、他の業者さんがあきらめることがあっても、アサヤだけは最後まであきらめずに、三陸の漁業を守っていこうという想いを込めています」
漁民のために全力を尽くす。そうした想いで日々の業務に取り組んでいる最中、廣野さんはもう一つの経営理念である『社員が主役』を実感する経験をしたという。それは、社員とともにお客さまへの挨拶まわりに出向いた時のことだった。
「お客さまと社員さんのやり取りの中で、『俺はアサヤと付き合ってるんじゃない。お前という男を信頼して買ってるんだ。だから他の奴が来ても買わないよ』という話になったんです。その信頼関係ってすごいなって。会社としては困る部分もあるんですけど(笑)、それはどうでもいいことだなって思いました。一人ひとりが人生をかけて、お客さまに尽くす、という気持ちで仕事に向き合っている。それこそが、アサヤの提供価値なんだということを肌で実感しました。だから、アサヤの仕事は『社員が主役』でなければいけない。人生の貴重な時間を費やす仕事ですから、働く人にとって楽しくて充実感のあるものであってほしい。そこで、『好き』で『得意』な仕事に、大きな『裁量』を持って、『評価』される会社を目指したい。社員が主役の仕事であり続けるように、取り組んでいこうと思っています」
170年という長きに渡って、ずっと変わることなく受け継がれている経営理念。それこそが、震災の大きな被害にも負けない強さや、社員や社会に必要とされ続ける理由なのだろう。

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定置網事業を担当している営業部主任の小松一宏さんにも話を聞いた。三陸沿岸の水深は80~90メートル。そこに設置する定置網は、陸にあげると30階建ビルの高さに相当するほどの大きさになり、重さは10トントラック5台にまでなるという。配属当初は定置網の細かな修理・メンテナンスがほとんどだったが、津波ですべてが流されてしまった震災の後は、1から定置網をつくる仕事が増えた。それまでは見えなかった定置網の奥深さ、仕事の面白さが見えてきたという。
「海の底が岩なのか、砂なのか。潮の流れは速いのか、遅いのか。それによって素材や糸の太さが変わります。また、大きな魚が取れる時は網目の大きなものがいいけれど、最近はイワシが増えてきたから網目を細かくしようなど、お客さまのニーズはそれぞれまったく違うんです。定置網は全部オーダーメイド。自然が相手ですから、正解がないというのは難しいところですが、アサヤの持つ豊富なアイデアや提案力が、お客さまに選んでいただけている理由だと思います」
10年20年と過酷な環境の中で使い続ける定置網は、値段にして十億円を超える大規模な物もある。漁業家にとって生命線ともいえる漁具を販売することは、大きな責任も伴う。もちろん、つくって終わりでは意味がない。アサヤは漁業を支えていくための、アフターフォローの手厚さにも定評がある。たとえば、魚が入らないから見てほしいという依頼があれば、1000万円を超える高価な水中カメラロボットを使って、海の中で網の様子を点検する。裂け目が生じていたり、草などで網目が詰まって光が入らない状態だと、魚は網にかからない。
「もともと定置網の知識はまったくなかったので、はじめは本当に苦労しました。今でも、営業しているというより、勉強しているという感覚です。10年経ってもまだまだわからないことも多いんですが、新しいことを学ぶのは、すごく楽しいです」
三陸地方で、大型の網仕立て工場を保有しているのはアサヤだけ。今でこそ、全国の競合他社も三陸に進出してきてはいるが、アサヤの提案力や顧客との信頼関係には、どこにも負けない強さを感じる。

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気仙沼に戻り、アサヤ取締役(現:専務取締役)に就任した廣野さんは、受け継がれている企業理念を守り抜いていく覚悟を決める一方で、これまでの経験を活かした新たな取り組みもおこなっている。ホームページや会社案内・広告をリニューアルし、社内申請などの業務フローをデジタル化させるなど、業務の効率化に着手。工場の生産性改善や販売管理システムの再構築も進行中だ。また、被災地の漁業に関心を持ってもらう取り組みとして、これまで関わりのなかった観光関係の方々に協力を得て、漁具に触れたり漁業を体験したりする観光ツアーや見学イベントを実施。これが地元の新聞やテレビにも取り上げられ、多くの話題を呼んだ。
「三陸の漁業は過疎化が進んで縮小マーケットだと言われていますが、やれることはまだまだある。自社だけにメリットがあることではなく、三陸全体を盛り上げる活動をしていきたいと思っています。自分があと30数年頑張れば、アサヤは創業200年です。ゆくゆくは自分の曾孫世代まで、漁業を守り、地元に雇用を残していける会社として存続させることが、今の自分に課せられた使命だと感じています。アサヤは、社員が楽しく働き、お客さまに喜ばれ、地域に貢献する『三方よしの三百年企業』を目指していきます」
都心で暮らす人からみれば、気仙沼は小さなまちに感じるかもしれない。しかし、仕事も、日々の生活も、のびのびとできるのは気仙沼での暮らしに違いない。ここでは、一人の力が生み出す周囲への影響力が非常に大きい。自分の力をめいっぱい発揮したいと考えている人は、ぜひ挑戦してみてほしい。

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会社概要

社名 アサヤ株式会社
本社 〒988-0853 宮城県気仙沼市松川前13-1
事業内容 私たちアサヤは、嘉永3年(西暦1850年)の創業以来、「漁民の利益につながる、よい漁具を」の理念のもと、漁業家の役に立つ資材や機械を提供してきました。

今三陸の漁業は津波による壊滅的状況から、復興へ向け着実に歩を進めています。
漁業家を取り巻く環境がどれだけ厳しくなっても、私たちは決して最後まで諦めずに三陸の漁業を守ります。
「三陸の漁業家にとっての真のパートナー」、それが私たちの目指す姿です。
設立 1850年(嘉永3年)
従業員数 77名(常勤役員を含む、2015年12月現在)
ホームページ http://www.asaya.co.jp/
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